2021/08/13
金融庁のワーキング・グループの報告書案が、現状では「公的年金だけでは満足な生活水準に届かない可能性がある」と明言したとして話題になっています。
ネット記事によれば、「何のために高い年金や税金を払わされているのか」「年金に頼らず自助をと言うなら、年金徴収をやめてほしい」といった批判もでているといいます。
どんな報告書なのでしょうか。実際に報告書を読んでみたところ、ネット記事とは違う印象を持ちました。
おもしろかったので、報告書のポイントをご紹介したいと思います。
sponsored link
目次をタップすると見出しにとびます
「高齢社会における資産形成・管理」報告書
話題になっている金融庁の報告書が、金融審議会市場ワーキング・グループ「高齢社会における資産形成・管理」報告書というものです。
2019年6月3日に正式に公表されました。
報告書案は、金融庁の下記のリンクから読むことができます。
この報告書の問題意識は、「人生100年時代」と呼ばれる長寿の時代において、個人と金融サービス提供者の双方が共に認識することが望ましい事項について検討していくというものです。
報告書では、今後の展開、検討の視点、今後の対応策などについて言及しています。
ポイントになりそうなところを引用しながらご紹介したいと思います。
長寿化・単身世帯の増加・認知症の人の増加
今後の展開としては、長寿化・単身世帯の増加・認知症の人の増加が見込まれるとしています。
長寿化は喜ばしいことですが、長生きが普通になれば公的年金の負担は大きくなります。公的年金の水準は中長期的に低下する可能性について言及しています。
高齢の世帯を含む各世代の収入は全体的に低下傾向となっている。公的年金の水準については、中長期的に実質的な低下が見込まれているとともに、 税・保険料の負担も年々増加しており、少子高齢化を踏まえると、今後もこの傾向は一層強まる(8頁)
また、老後の不安として「お金」が心配と答えている人が多いといいます。
「老後に対する不安がある」と答えた比率が高い傾向があり、50代以下の世代では、老後に対する不安要因として「お金」が挙げられていることが多い(18頁)
たしかに、お金の不安があるというのはよく理解できます。私も資産形成に取り組むまではお金の漠然とした「不安」があったところです。
そして、現状の課題として、投資による資産形成の方法がわからないという個人と、そうした顧客のニーズや悩みに寄り添えていない金融機関の現状を端的に指摘しています。
投資による資産形成の必要性を感じつつも、投資を行わない理由として上位を占めているのが、「まとまった資金がない」、「投資に関する知識がない」、「どのように有価証券を購入したらよいのかわからない」という回答であり、顧客側の問題に加え、金融機関側が顧客のニーズや悩みに寄り添いきれていない状況が窺える(20頁)
まさに、これが問題点ですね。
投資が必要だと思いつつ一歩を踏み出せない個人と、顧客のニーズに寄り添いきれていない金融機関の現状があります。
基本的な視点及び考え方
そこで、報告書は基本的な視点として4つの点を指摘します。
それが①資産寿命の延伸、②個々人のニーズの多様化、③自助の充実の必要性、④認知・判断能力の低下です。
それぞれポイントになる部分は下記のとおりです。
資産寿命の延伸
まず、資産寿命の延伸が必要になるとしています。
60代のリタイアの場合を想定すると、長く生きることに応じて資産寿命を延ばすことが必要だと指摘しています。
夫65 歳以上、妻60 歳以上の夫婦のみの無職の世帯では 毎月の不足額の平均は約5万円であり、まだ 20〜30 年の人生があるとすれば、不足額の総額は単純計算で1,300 万円〜2,000 万円になる。この金額はあくまで平均の不足額から導きだしたものであり、不足額は各々の収入・支出の状況やライフスタイル等によって大きく異なる。当然不足しない場合もありうるが、これまでより長く生きる以上、いずれにせよ今までより多くのお金が必要となり、長く生きることに応じて資産寿命を延ばすことが必要になってくるものと考えられる。(21頁)
100歳まで生きることを考えると、個人のレベルでもお金の戦略を考えておく必要があるということです。
個々人のニーズの多様化
次に指摘するのが、個々人のニーズの多様化です。
これまでの標準的なライフプランは多様化するのではないかと述べています。
ライフスタイルが多様化する中では、個々人のニーズは様々であり、大学卒業、新卒採用、結婚・出産、住宅購入、定年まで一つの会社に 勤め上げ、退職後は退職金と年金で収入を賄い、三世帯同居で老後生活を営む、というこれまでの標準的なライフプランというものは多くの者にとって今後はほとんどあてはまらないかもしれない。今後は自らがどのようなライフプランを想定するのか、そのライフプランに伴う収支や資産はどの程度になるのか、個々人は自分自身の状況を「見える化」した上で対応を考えていく必要がある(24頁)
これはリンダ・グラットンとアンドリュー・スコットの『ライフ・シフト』で指摘されている点ですね。
これまでの「教育→仕事→引退」という標準的なライフプランは、マルチステージの人生へ変化していく可能性があります。
自助の充実の必要性
3つめは自助の充実の必要性です。
ここが話題になっているところです。公的年金だけではなく、「自助」の充実を行っていく必要があると指摘しています。
人口の高齢化という波とともに、少子化という波は中長期的に避けて通れない。前述のとおり、近年単身世帯の増加は著しいものがあり、未婚率も上昇している。公的年金制度が多くの人にとって老後の収入の柱であり続けることは間違いないが、少子高齢化により働く世代が中長期的に縮小していく以上、年金の給付水準が今までと同等のものであると期待することは難しい。今後は、公的年金だけでは満足な生活水準に届かない可能性がある。年金受 給額を含めて自分自身の状況を「見える化」して老後の収入が足りないと思 われるのであれば、各々の状況に応じて、就労継続の模索、自らの支出の再点検・削減、そして保有する資産を活用した資産形成・運用といった「自助」の充実を行っていく必要がある(24頁)
年金がなくなることはありません。
ですが、「少子高齢化により働く世代が中長期的に縮小していく以上、年金の給付水準が今までと同等のものであると期待することは難しい」と述べています。
公的年金だけで老後の収入が確保できるというのは、楽観的すぎるストーリーだというのがこの報告書案の見解です。
認知・判断能力の低下
そして、長寿化により認知・判断能力の低下も問題となるといいます。
長寿化と認知症の人の増加を踏まえると、今後は認知症の人はもはや決して例外的存在ではなく、認知・判断能力の低下は誰にでも起こりうると認識すべきであるといえる。現状では、認知・判断能力が低下し、 本人による意思能力が不十分となった場合、また、そのように判断された場 合には日常生活を送るにあたって様々な制約を受けることになる。これを出来る限り回避するための事前の備えや適切な対応の重要性が増していくも のと考えられる。(25頁)
高齢者が金融機関の「カモ」にならないような対策も必要かもしれませんね。
考えられる対応
この報告書案は、考えられる対応として、金融機関に対しては顧客本位の業務運営の徹底、そして、サービスに見合う適切な対価の説明と請求などの必要性を指摘しています。
そして、個人的に重要だと思ったのが、環境整備のところに関する記述です。
それが「つみたてNISA」と「iDeCo」の活用です。
「つみたてNISA」と「iDeCo」が個人の資産形成を促す制度として相応に整備されてきたと指摘しています。
ライフステージを通じた長期の資産形成における長期・積立・分散投資の…資産形成を支援する制度として、税制面で一定の優遇が行われている「つみたてNISA」と「iDeCo」がある。
…ライフイベントに応じて引出すことが可能なつみたてNISAと、年金制度として所得控除が認められているiDeCoとは、両者を併用することで、住宅購入などの計画的に準備が必要な支出や、病気、事故、失業などの予想外の支出への備えをしつつ、老後に向けた資産形成が可能となるものである。よって、お互いが補完しあう関係として活用が進むことが望ましい。このように、制度面では、個人の資産形成を促す制度が相応に整備されてきているといえる。(29頁)
私も「つみたてNISA」と「iDeCo」を使ってインデックスファンドを積立しています。まさにこのブログのテーマです。
もっとも、「つみたてNISA」と「iDeCo」の広がりがまだ一部にとどまっていると指摘しています。
つみたてNISAとiDeCoの両制度ともまずは順調に利用者が増加しているものの、その利用は国民の一部に留まっている。我が国の成人人口を考えれば、今後さらに広く普及が進む余地も大きいが、未だ十分に制度の存在を知らない層や、知っていたとしてもその意義を十分理解していない層も多いと考えられる。金融庁と厚生労働省は、それぞれが連携し、今後より一層の制度の周知に努めるとともに、若年期から資産形成に取り組むことの重要性についても、広報していくべきである(30頁)
たしかに、「つみたてNISA」や「iDeCo」を活用している人は限られていますね。「投資」と聞くと難しく感じてしまう人もいるかもしれません。
そして、「つみたてNISA」と「iDeCo」の課題についても言及しています。
まず、「つみたてNISA」の恒久化の必要性について明確に指摘しています。これは非常に重要な指摘だと思いました。
つみたてNISA については、まずもって国民が長期のライフプランに沿った資産形成に安心して活用できるよう、時限を撤廃し、恒久的な措置とすることが強く望まれる(30頁)
そして、iDeCoの改善点も指摘しています。
iDeCo についても、長寿化を踏まえ、拠出可能年齢の上限を引き上げることのほか、利便性向上のほか働き方の多様化等への対応、また、更なる税優遇を行うことの政策的必要性を勘案して、拠出限度額のあり方についても検討することも望ましい(31頁)
これらの制度の改善点に言及したのは素晴らしいですね。
「つみたてNISA」の恒久化は、個人の「自助」を促すなら最低限必要な措置だと思います。
iDeCoは、もっと使いやすい制度にする必要があるという点も、私も利用してみてはじめてわかった実感です。iDeCoは、現状では手続きに時間がかかりすぎますし、拠出に関しても使いにくい部分が残っています。
iDeCoの拠出可能年齢の上限引き上げ、働き方の多様化等への対応などにより、個人の「自助」の動きを広げていくことが重要だという指摘は、非常に共感できる内容でした。
個人の資産形成が必須の時代に
報告書が指摘しているのは、長期・分散・積立による長期の資産形成の重要性です。
公的年金の支給がなくなるわけではありません。長寿が前提になるのであれば、公的年金制度を活用しつつ、「自助」も行っていくということが、これからの人生設計に必要な知恵です。
人生設計の知恵は、意外とシンプルだと思っています。
「つみたてNISA」や「iDeCo」は少額からでも活用できます。
将来のお金が不安なら、ネット証券を活用して「つみたてNISA」で、まずは低コストのインデックスファンドを少額から毎月積立してみるというのが、人生設計の知恵のひとつです。
また、公的年金は晩年期の所得保障として十分に機能します。公的年金の繰り下げ受給などを検討するのもひとつの知恵です。
多くの人にお金の知恵が広まるといいですね。
以上、年金が足りない?金融庁の報告書案が示す「年金の今後」と「個人の対応策」…という話題でした。
参考リンク:
公的年金のことを知りたいと思った方はぜひこの田村正之さんのこの1冊を読むといいと思います。公的年金の活用の仕方がわかります。
人生戦略はシンプルに構築することができます。将来が不安だという方は、橘玲さんのこの1冊がおすすめです。
良質な本を1冊でも読めば、投資は難しいことではありません。少しずつ学んでいくことで、多くの発見があると思います。