2021/08/13
金融庁の森長官が「日本証券アナリスト協会」のセミナーで基調講演をしました。
その内容が金融庁のホームページに掲載されています。
金融機関向けの基調講演になりますが、インパクトがある内容になっています。
マスコミなどではあまり報道されていない内容です。「つみたてNISA」に関しては前回書きましたので、それ以外の提言などにしぼってご紹介したいと思います。
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金融機関の問題点
森長官は、講演の中盤から金融機関の問題点を指摘します。
キーワードは「顧客本位の業務運営」です。端的にその部分を読んでもらうのがいいかもしれません。
貯蓄性保険商品の販売であれば、これまでは、「この商品は、死亡保障と資産 運用を同時に行うお客様のニーズに応えたパッケージ商品です」という説明だったのでしょうが、顧客の立場に立てば、個別の債券・投信と掛捨ての保険を別々に購入した場合とのコストの比較を顧客に理解してもらった上で投資判断をしてもらう必要があるのではないでしょうか。
また、毎月分配型の投信は、引き続き多く販売されていますが、毎月分配型では複利のメリットが享受できないことをお客様に理解してもらった上で投資判断していただくのが 「顧客本位」ではないでしょうか。
さらに重要なことは、商品に係る販売手数料、信託報酬などのコストをお客様に理解していただくことです。こうしたコストについては、単にパーセンテージで示すのではなく、例えば10 万円投資した場合のコストを実額で示す方が「顧客本位」だと思います。
このように、貯蓄性保険商品の販売や毎月分配型の投信の販売姿勢、コストに対する説明不足など、金融機関の販売姿勢の問題点を指摘しています。
金融庁の金融レポートでも指摘されていた点になります。
金融機関は変わることができるか
そして、森長官は語りかけます。
こうした話をすると、お客様が正しいことを知れば、現在作っている商品が売れなくなり、 ビジネスモデルが成り立たなくなると心配される金融機関の方がおられるかもしれません。
そうですね。多くの金融機関は、現状での対応の難しさを口にするのではないでしょうか。
ですが、森長官はこう語りかけます。ここが最も重要です。
しかし、皆さん、考えてみてください。正しい金融知識を持った顧客には売りづらい商品を作って一般顧客に売るビジネス、手数料獲得が優先され顧客の利益が軽視される結果、顧客の資産を増やすことが出来ないビジネスは、そもそも社会的に続ける価値があるものですか?
こうした商品を組成し、販売している金融機関の経営者は、社員に本当に仕事のやりがいを与えることが出来ているでしょうか?また、こうしたビジネスモデルは、果たして金融機関・金融グループの中長期的な価値向上につながっているのでしょうか?
…今朝、起きた直後にこの文章を読んだのですが、朝からしびれました。
金融庁森長官の講演録を読んで、朝からその情熱と率直さに驚き震えている。>RT
— なるたく(loloinvestors) (@loloinvestors) 2017年4月10日
変なたとえかもしれませんが、小学校のホームルームを思い出しました。先生に問題点を真正面から指摘され、クラス全体が静寂につつまれる…あの感じです。
金融機関と日本の未来
そして、森長官は金融庁も反省しなければならないと続けます。
金融庁としても、こうした決して最適とは言えない均衡からの脱却をこれまで実現できなかったことを、大いに反省しなければなりません。
日本の家計金融資産は世界第2位の規模であるにもかかわらず、運用資産額が低迷している現状を指摘したうえで、このように続けます。
結果として、日本の家計金融資産は世界第2位の規模であるにもかかわらず、日本の運用会社をみると、金融ブループ単位で国内最大の三井住友トラストホールディングスであっても、運用資産額は世界 33 位に過ぎず、その運用資産額は1位のブラックロックの約七分の一に留まっています。このように、これまで我々は、国民の資産形成が進まず、リスクマネーの供給は不十分であり、世界的な運用会社も育たないという、決して皆が望まない均衡状態を続けてきたのではないでしょうか。
皆様は、こうした状況をいつまでお続けになるつもりですか?投資商品を買っても思うようなリターンをあげられなかった顧客は、投資額を増やすものでしょうか?そうした商品 勧めた金融機関との取引をずっと続けるでしょうか?そうしたビジネスのやり方は国際的に競争力を高めていけるのでしょうか?
森長官は、日本の国際的な競争力に着目しています。
そして講演の最後を次のように締めくくります。
日本人は優秀で勤勉です。その潜在的な能力は国際的に見ても決して遜色がないと私は信じています。
「顧客本位の業務運営に関する原則」は、インベストメント・チェーンに関わる全ての金融事業者に当てはまるものです。それぞれが顧客本位の業務運営の観点から、自らの責務を全うするため、その能力を向上させるために何をすればよいかを、経営が先頭に立って真剣に考え実行することが、それぞれの組織の価値向上につながり、日本の運用業界、市場の発展、国民の安定的な資産形成をもたらすものと信じています。
すばらしいですね。森長官の本気度がわかる講演録でした。
「顧客本位」のサービスが企業の価値向上につながる
全文を読んでいただければわかるのですが、森長官のメッセージは冒頭から一貫しています。
それは、「顧客のニーズに応える良質な商品・サービスを提供し続けることが、信頼に基づく顧客基盤を強固なものにし、企業の価値向上につながる」ということです。
ビジネスの世界では一般的な話なのですが、日本の金融機関では残念ながらそのような姿勢になっていないところも多いのが現状です。
厳しいことを言っているようにも思いますが、全文をよく読んでみると、世界の動向や世界的な運用会社を引き合いに、日本の金融機関がもっと世界で活躍できるということを期待しているようにも思います。
森長官は、世界で勝負できる日本の金融市場の健全な発展を本気で考えているからこそ、金融機関にビジネスモデルの転換を促しているのです。
私は文章全体を読んでいるうちに、「世界を相手にして勝負しないか」という、金融機関に対する森長官の激励のメッセージのような気もしました。
講演録を読んでいるうちに思い出したものがあります。
「全国制覇を成し遂げたいのなら
もはや何が起きようと揺らぐことのない―――」
「断固たる決意が必要なんだ」 by 安西先生
山王という大きなライバルを前にして、安西先生が覚悟を説いて選手を鼓舞したスラムダンクの名シーンです。
世界を相手に日本の金融機関が活躍することはかんたんなことではありません。ですが、森長官は、金融機関と日本の未来のために、このような基調講演をしたのだと私は理解しました。
そのひとつの試金石が「つみたてNISA」です。
最近公表された「積立NISA」に関するワーキンググループの報告書においても、「(我が国の投資信託は)積立NISAの導入を一つの契機として、『消費者側』、すなわち、『顧客本位』の目線に立ったものに変わっていく必要がある」と述べています。
「つみたてNISA」は、金融庁が本気で運用業界を変革するための一歩であるとともに、「顧客本位」の経営姿勢にシフトするための日本の未来を担う金融政策なのだと理解しました。
森長官の姿が安西先生と重なります。
金融機関と日本の発展を本気で信じているからこそ、森長官はこうしたメッセージを発しているのだと思います。
金融機関の関係者のみなさんは、森長官の講演を聞いてどう思うのでしょうか。日本の金融機関が将来的に世界で戦う姿勢を示せるのでしょうか。
金融庁のメッセージを各金融機関はどのように受けとめるのか、今後の動向に注目したいと思います。
世界を相手にぜひ頑張ってほしいです。
一方で考えておかなければならないのは、投資は自己責任が原則だということです。
この講演の冒頭では、バートン・マルキールとチャールズ・エリスの著書を紹介しながら、「個人が投資で成功するための秘訣」を紹介しています。
個人投資家のほうも、積立投資の基本を少しずつ学んでいきたいですね。
以上、「顧客の利益を軽視するビジネスは、社会的に続ける価値があるのか」—金融庁森長官が語る金融機関と日本の未来…という話題でした。
参考リンク:
この講演でも、投資信託の問題点を指摘しています。金融庁は積立NISAを「顧客に寄り添った商品」に限定する方針です。
今年の「投信ブロガーが選ぶ! Fund of the Year」の開会にあたり、 金融庁の森長官からのメッセージが披露されました。今読み返してみると、森長官のメッセージはブレていないことがわかります。
金融庁は、これまでにも金融機関の問題点を指摘しています。買ってはいけない金融商品を買わないマネーリテラシーを身につけたいですね。
金融レポートのポイントを4回にわたってまとめました。金融庁の考え方を知りたい方は参考にしてください。資産形成のポイントも教えてくれています。